vol. 147
婆星・夏休みのジャングル

婆星DJ:北原みのり

[OPENING]

★今、夏の休暇でマレーシアに来ています。今日の婆星は、マレーシアのジャングルの様子を・・・。今回は文章と共に、お楽しみください。★

今、マレーシアのランカウゥイ島という所に来ている。ジャングルの中のホテルで窓をあけているとサルがひょいと入ってきてテーブルの上のバナナをあっという間に持っていってしまうようなところ。黒々とした緑は怖いくらいに力強くて、”生き物”の気配がする。

タイにはよく行くのだけれど、マレーシアは初めて。アジアで最も敬虔なイスラムの国。強い湿気のせいか空気が物理的に重く、宗教のせいか人々は無駄に笑わない。ガイドブックには「豊かな自然とそこに暮らす素朴な人々・・・」という文句がサラリと書かれているのだけれど、”素朴”とはかけはなれた”重厚”と”複雑”を自然と人々に感じている。

ヨーロッパ人、特にドイツ人が多いホテルなのだけど、日本人も少なくない。日本の女性はたいてい、長袖の白いシャツをきて、大きな帽子をかぶって、絶対に日焼けをしないようにビーチサイドで遊んでいる。それはマッカッカになりながら肌を焦がしているヨーロッパの女性と対象的で、いったいヨーロッパには「日焼けをすると染みになる」「皺が増える」「汚い肌になる」とか、そういう情報はないのだろうか、あいかわらず、ひやけ=優雅、というようなイメージなのだろうか、と不思議な思いになるほどに対照的だ。私なんかは、全く気にしないで日焼けをしてしまう方なのだけれど、やはり「美肌美肌美肌美白美白美白」という情報に溢れている日本にいると、日焼けどめのクリームをたいしてぬらずに肌を露出していることに、「年老いた時に笑うのは、ヘルメットのような帽子を被っている方だぞ」というアリの声が聞こえてくるキリギリスのような気分になるというものだ。

今朝、食事をとっていると隣りの日本人のカップルが、プールサイドでみた人々についての噂話をしているのが聞こえてきた。
「あの人オバサンだったよね」
「オバサンっていう年でもないんじゃない?」
「オバサンだったよ」
とか言っている。どうやらプールサイドでみた誰かのことの噂話らしいのだけれど、気持ちのいい話じゃないことに加え、”オバサン””オバサン”を連発している女性自身が白くむっちりした体にあまりあわない黒いピッタリとしたTシャツとスパッツという、とてもじゃないがステキとはいえないかっこうの人だったので何か冷たい気分になった。(ステキな格好をしたステキ風な女性だったらもっと冷たい気分になるだろうけど。)
みたところそのカップルは男40代後半、女30代後半(同じくらいかな)。どう考えても他人を”オバサン”と罵るのには相応しくない年齢でしょう。それにしても男と一緒になって、目に入る女の人を”品定め”するような視線ではしゃぐ女の人は、哀しい。オバサンオバサン、と女をバカにする男には”バカか”、としか思わないけど、そういう男に同調する女は苦しいほど哀しい。一昔前なら”イタイ”と表現したかもしれないけれど、なんだか”イタイ”も死語っぽいいくらいに女に使われてきて、もうそれだけじゃこの深刻さは表現できない、という気分になった。哀しい女は、深刻に哀しい。

こんな風に、いくらジャングルの中にいても、日本の空気から逃れることはなかなか困難で、鬱蒼と茂る木々の中を動きまわるサルに目を凝らすような日々を送っていても、考えることは”女”のことかよ、と自分でもいやになる。それにしても不思議なのは、たるんだお腹をどうどうと出して歩いているヨーロッパの女性だ。お腹が出ていようが二の腕がぷくぷくとたるんでいても許される日本の男と同じように、女たちも体に表れる年齢を恥じることなく、ビキニを着て肌を最大限に露出しプールサイドでのんびりと寝そべっている。それはやっぱり体の線が出ないワンピースみたいな水着か、パレオでグルグルに体をまいていたりする日本人とは対照的だ。50代でも60代でもビキニを着られる感性というのは、いったいどうやったら育つのだろう。なるべく隠さなきゃ、肉のたるみや欠点を見せないようにしたい、という日本人の水着の着方は、女の体の見えない規制そのものに見えて、やっぱり哀しい気持ちになったりするのだった。

ぼんやり歩いていたらサルのウンコをふんだ。気が付いたらケータイをどこかで落としてしまったようだ。あ、シマッタッ、と思うことはやっぱり定期的におきるようになっているけれど、そういうシマッタの多くはたいていたいしたことはない。と、重苦しいジャングルの空気の中で私は自分の将来を考える。本当のシマッタは、自分の体を恥じるような社会に生き続け、その価値観が自分のものか他人のものかわからなくなっちゃう瞬間だわ、と気をつけたいと思う。目下の目標としては、好きな時に好きな場所にいける経済力と体力と余力のある婆になること。ビーチでシャンパンを飲み、たるんだ染みだらけの体でどうどうとビキニを着られる婆であること。大好きな本をゆったりと読みつつ女について思案する、そんな婆になること。今回の旅で決めた。少なくとも、可愛いお婆さんになりたい、なんていう夢を持つ不健全さからは全く無縁の世界でのびのびと生きていきたい。

番組中に出てきたもの

■ランカウイ島■

マレーシア政府観光局公式サイトによれば、やっぱり”素朴な自然”とか書いてありました。”素朴”って難しい表現です。私にはこの自然が”素朴”とは思えんです。

 

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